雑談日記(徒然なるままに、。)さんの
今こそ、敢えて「孤立は恐れないが連帯を求める」でいこう。組織に属するものも今こそ、合流してほしいものだ。
を読ませていただいて、ちょっと考えてしまいました。
「連帯を求めて孤立を恐れず」
これは、東大全共闘で有名な言葉らしいです。
最近の似た言葉に
「孤立を求めて、連帯を恐れず」by 田中康夫
「孤立は恐れないが連帯を求める」by 佐高信
があるそうです。
似たような言葉ですが、「連帯」という言葉の大きさがまったく違うのではないかと思ってしまいます。
私的には、「連帯を求めて孤立を恐れず」の「連帯」が最もグローバルで普遍的な「連帯」であるような気がします。田中康夫氏や佐高信氏の「連帯」という言葉は日本国内の、しかも政治家と呼ばれる人々や国家から政党と認められている政治集団の協調という矮小化した意味しか感じられません。
確かにヒロイズム的陶酔に陥る危険性はあるのかと思いますが、「連帯を求めて孤立を恐れず」には「万国の労働者よ団結せよ」に通ずるところが感じられます。「孤立を求めて、連帯を恐れず」や「孤立は恐れないが連帯を求める」の言葉には手短なところでの協調しか感じられません。
私の個人的な感想でしかないのですけど・・・・
勿論、小泉自民党を打倒するためだけの共闘を否定するものではありません。
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